by John Siau     September 27, 2016

原文

当社Benchmarkのリスニングルームでは、最近、2台の100W出力のステレオパワーアンプを使用して最初の1Wの重要性についての検証を行いました。使用したアンプは、1台が従来型クラスABアンプ、もう1台がフィードフォワード補正機能を備えたBenchmark AHB2パワーアンプです。二重盲検ABXテストを使用し、出力0.01Wでスピーカーを駆動したときに、両者の間に聴き取ることのできる違いが明確にあることを確認しました。

どうして「最初の1W」がそれほど重要なのか?

一般的なスタジオモニタリングシステムや家庭用Hi-Fiシステムを使用して、音楽を適度な音量で再生している時のスピーカーに送られるアンプの平均出力は、通常1W程度に過ぎません。通常の録音では、ピーク出力は25〜65Wに達しますが、音楽再生時の平均的な出力はわずか1Wなのです。ピーク出力はもちろん重要なのですが、音楽信号のディテールの大半は、ピークとピークの間の低出力領域でスピーカーに伝達されているのです。

音楽情報のディテールは「最初の1W」で伝達されている

前述したように、過渡的なピークを除くと、音楽のディテールのほとんどが1Wよりはるかに低い出力で再生されています。どんな音楽録音でも、過渡的なピークの持続時間は、ピーク間の間隔に比べるとごく短時間に過ぎません。つまり、アンプにとって「最初の1W」は最も重要なものなのです。なぜなら、音楽の立ち上がりを含め、音楽再生中のほとんどの時間を1W未満の出力を供給に費やしているからです。

「最初の1W」での歪みがもたらす悪影響

低出力領域に歪みがあると、楽音の倍音特性を変化させたり、複数の楽音が混じり合う中で本来使われていない周波数にノイズを発生させたり、疲労感を増大させる粗さを加える可能性があると当社では考えています。こうした悪影響が重なることで、音楽演奏の情感、本来あるべき姿を損なう可能性があります。歪みの存在は、音楽演奏そのものに没入することを妨げ、「箱から出てくる音」を聞いているだけという印象を私たちに刻みこんでしまうのです。

「歪みを聴きとれるかどうか」は持続時間に関係している

聴覚が歪みを検出するのには時間が必要です。キックドラムのドスという音、ベースの音、パーカッション楽器の大音量アタックによって、パワーアンプは出力限界に近づく可能性がありますが、こうした過渡的なアタックの再現に費やされる時間はごくわずかに過ぎません。過渡的アタックは持続時間が短いため、楽音のピークで発生する歪みは聞こえにくくなります。

対照的に、大振幅の過渡的アタックとアタックの間の低出力期間に発生する歪みには、聴覚が捉える十分な持続時間があります。このため、音楽を心から楽しめるかどうかは、「最初の1W」以下の出力供給の品質に大きく依存しています。

皮肉なことに、アンプの性能指標としては、最大電力時のTHD+N(全高調波歪み+ノイズ)を最重要視する傾向があります。しかし、残念なことに、この高出力時のスペックは、「最初の1W」以下でのパーフォーマンスとは直接関係がありません。したがって、「最初の1W」のパーフォーマンスを別にテストすることが重要になります。

1W動作時の従来型クラスABアンプ

下の写真は、典型的なクラスABパワーアンプの1W出力時での1kHzトーン波形です。このアンプは、フルパワー(100W)付近では非常に優れた性能なのですが、多くのクラスABアンプと同様、低出力時での性能は良くありません。

上側の波形は、このアンプの1W出力時の出力波形です。下の波形はエラー成分(歪み+ノイズ)です。

上の波形は完璧な正弦波(純音)のように見えるかもしれませんが、それが純音ではないことを聴覚は容易に検知することができます。オーディオアナライザを使用することで、エラー成分(下の波形)を抽出して増幅し、耳に聞こえているものを可視化できます。ここでは、エラー成分は1024倍(約60dB)に増幅されています。

このクラスABアンプは、1W出力時にテストトーンの出力レベルより70dB低い歪み成分を発生しています。このアプリケーションノートの一番下にあるグラフをご参照ください。これは、THD+N(1W)によって生成される電力が70dBであることを意味します。テストトーンのレベルを20dB下げると、出力電力は0.01Wになりますが、この出力レベルでも、73dBのTHD+N(1W)が発生していました。つまり、0.01W出力時の歪み成分は1Wの時の歪み成分と実質的には同等と言えます。

このアンプを使用してスピーカーを0.01Wで駆動すると、この歪み成分がはっきりと聞こえました。テストでは、87dB(1W/1m)の感度を持つBenchmark製スピーカーSMS1の1ペアを使用しました。テストトーンはリスニングポジションで約67dB(67〜68dB SPL)の音圧レベルで再生しました。アンプの歪みは計算上では約14dB(87dB-73dB = 14dB)の音圧レベルで再生されていることになりますが、0.01W・1kHzのテストトーンを入力すると、アンプの歪みがスピーカーからはっきりと聞こえました。ただし、このような低出力レベルでは、スピーカーから聞こえる歪みは、アンプで発生する酷いクロスオーバー歪みよりもレベルが低く、音楽的に十分許容可能なものでした。

クロスオーバー歪み

前述のグラフの歪み波形に見られる急激な正と負のスパイクに注目してください。このスパイクは、グラフの上側の出力波形で電流値がゼロになるたびに発生していますが、これはクラスABアンプの正負の出力パワートランジスタ間の遷移が完璧に行われていないことによって引き起こされています。以下に示すクラスABアンプの簡略化した回路図をご参照ください。

されています。以下に示すクラスABアンプの簡略化した回路図をご参照ください。

テストで使用したクラスABアンプには、出力段によって引き起こされる歪みを補正する従来型のネガティブフィードバック・システムが含まれていますが、明らかに、このフィードバック・システムの応答速度は、出力段がクロスオーバー遷移をするときに発生する高速トランジェントを完全に補正するのに十分な速さではありません。

このクロスオーバーによる過渡歪みは、クラスABパワーアンプで発生する一般的な現象ですが、パワーアンプで使用されるネガティブフィードバック・システムは、この過渡歪みを聞こえないレベルに低減するには応答時間が遅すぎるというのが一般的です。

「もっとフィードバックを掛ける」では解決しない!

高い周波数領域での安定性を実現するには、フィードバック・システムの帯域幅を制限する必要があります。

パワーアンプで使用される大型のトランジスタは、プリアンプなどのラインレベル・ステージで使用される小型のトランジスタよりも動作速度がはるかに低速です。こうした低速のデバイスを使用する場合、フィードバック・ネットワークも低速に設計する必要があります。フィードバック・システムの帯域幅を制限していない場合(パワートランジスタの動作速度を適切に一致させる目的で)、アンプは巨大な発振器になってしまいます。このような動作速度の制約のために、パワーアンプは信号チェーン内の他のすべての機器で発生するものを合計したのよりも多くのクロスオーバー歪みを引き起こすことがよくあります。

アンプの歪みは聞こえるか?

パワーアンプによる差を聴き取ることはできないと主張する意見があります。彼らは、「普通に良い」パワーアンプよりもスピーカーで発生する歪みの方が大きいことを指摘することで、この主張の正当性をアピールしていますが、この主張の誤りは、スピーカーで発生する歪みがパワーアンプで発生するクロスオーバー歪みとは大きく異なるということです。スピーカーは低出力時では比較的低歪なのに対し、パワーアンプにはこれらの低出力で大きな歪みを発生する可能性があるという点です。そこで、リスニングテストを行い、スピーカーから1kHzのテストトーンを再生しているときに、上で示した波形に見られる歪み成分を聴き取れるかを確認しました。アンプの歪みがテストトーンで聞こえるということは、音楽の再生中にも聞こえる可能性があるからです。

広帯域フィードフォワード補正

Benchmark AHB2パワーアンプでは、フィードフォワード補正を含め、特許技術の歪み低減システムを使用しています。フィードバック・システムとは異なり、本質的に安定していることがフィードフォワード・システムの特長です。そのため、補正信号の帯域幅を制限する必要はありません。これは、高速クロスオーバー動作による過渡歪みを完全に補正できることを意味します。下の写真は、1W出力時のAHB2の出力波形です。テスト条件と縦軸のスケールは前述のものと同じです。前の写真と同様に、歪み成分は60dBブーストされていますが、AHB2の波形にはクロスオーバー歪みの痕跡は一切見られません。このフィードフォワード・システムは、高出力という点でクラスAアンプを上回りながら、クラスAアンプと同じ「最初の1W」性能を実現することができるのです。

リスニングテスト

二重盲検リスニングテストを実施するために、2台のアンプをリレー制御のABXスイッチボックスに接続し、スイッチボックスの出力をBenchmark SMS1スピーカーに直接接続しました。

1kHzのトーンを0.2828Vrmsでスピーカーに出力するように、両方のアンプを正確に調整しました。この約0.01Wの出力レベルで、リスニング位置で音圧レベルが約67dBとなりました。テストは、試行回数25回のランダムシーケンスで以下のような方法で実行しました。

被験者は、「A」、「X」、「B」、「Enter」の4つのボタンを備えたリモコンを操作しますが、片方のアンプが「A」、もう一方が「B」に割り当てられています。25回の試行のそれぞれに対し、「X」ボタンを押すと「A」または「B」のいずれかがランダムに選択されます。それぞれの試行で、被験者は「X」が「A」か「B」かの判断をする前に、「A」、「B」、「X」の切替えには制限を設けず、何回でも自由に切り替えることができるものとします。25回の試行が終わると、ABXボックスには、25回の試行のうち正しく識別できた回数が表示されます。

被検者は私でしたが、1回目でごく簡単にパーフェクトの25点を獲得することができました。従来型のクラスABアンプでは0.01Wで発生する歪みがはっきりと聞こえましたが、AHB2では純粋な1kHz純音のように聞こえました。歪みは1Wの出力レベルでも当然聞こえるのですが、テストトーンの音量が大きくなり過ぎるため25回の試行を実行できません。また、0.01Wでも、テストトーンはうるさいほど大きい(67 dB SPL)のですが、この数字は低出力レベルで再生される時の音楽の大きさそのものになります。フルートから初声される単音は、わずか0.01Wの電力でスピーカーに送られるても、大きく感じる場合があります。ディック・オルシャーはかつて「最初の1ワットこそが最も重要である」と言っていましたが、「最初の10ミリワットこそが最も重要」というのが私の持論です!

結論

音楽信号のピーク時には、スピーカーが再生システム全体の最大の歪みの原因となる可能性がありますが、従来型クラスABアンプは、ピークとピークの間の中低音量の区間でスピーカーよりも大きい可聴歪みを発生する可能性があります。

私たちが実行したリスニングテストでは、従来型アンプとAHB2の違いを聴き取るのは簡単で、一連の二重盲検ABX評価試験で満点を取ることができました。両方のアンプをBenchmark SMS1スピーカーに接続し、出力約0.01Wとなる0.2828Vrmsで1kHzトーンを再生しました。このようなアンプにとって負荷が非常に小さい時でさえ、はっきりとした違いが聴き取れました。AHB2は純音を再現できたのに対し、従来型クラスABアンプでは聴き取ることのできる歪みが発生しました。0.01Wの出力レベルでは、スピーカーで発生する歪みが2つのアンプの違いを覆い隠すことはありませんでした。

この実験により、0.01Wで純音を再生時にアンプで発生するクロスオーバー歪みがスピーカーからはっきりと聞こえることを証明することができました。また、フィードフォワード補正は、アンプの出力段のクロスオーバーで発生する高速の過渡歪みを除去するのに非常に効果的であることも証明できました。それとは対照的に、従来型のフィードバック・システムは通常、これらの過渡現象を完全に除去するには応答時間が遅すぎます。そのため、補正しきれないクロスオーバー歪みが聞こえる可能性があります。

アンプのTHD+N測定データ

下のグラフは、出力に対するTHD+Nを示したものです。THD+Nの数値は1Wに対するdB値で表示されています。この縦軸により、スピーカーを駆動するときの歪み成分の音圧レベルを簡単に計算することができます。たとえば、スピーカーの感度が87dB(1W/1m)の場合、従来型アンプが1Wで発生する歪み成分の音圧レベルは(87-70)= 17dBSPLとなります。同じ1W出力レベルで、AHB2が発生する歪み成分の音圧レベルは(87-108)= -21dBSPLとなります。このマイナス値は、十分静かな部屋で再生されたときに聴覚のしきい値に対し、AHB2の歪み成分は21dB下回ることを示しています。つまり、従来型クラスABアンプで発生する歪みは聴き取れるのに対し、AHB2では聴きとれる歪みがないことを意味します。